
リトグラフ工房をしていると、大学時代にリトグラフの実習授業を受けた経験のある作家たちと一緒に作品を制作する機会がよくあります。しかし、そのほとんどの人たちはリトグラフに対してあまりいい思い出がないようです。時間をかけて版に絵を描いたにもかかわらず、その制作工程が煩雑で理解し難いがために満足を得られる作品が刷れなかったというのが原因のようです。
リトグラフは他の版画技法(木版・銅版画など)と異なり、物理的に版を彫ったり削ったりしないので版が出来上がっているかどうかは最後にローラーでインクを盛ってみないと分かりません。描画したクレヨンの絵(イメージ)の濃淡の微妙さまで紙に再現させるためには、製版の各工程をしっかり行うことが重要です。決して難しくありません。
ここでは、アルミ版・石版に描かれたクレヨン・イメージが製版と呼ばれる工程を経て、インクに置き換えられ、紙に刷られていく様子を出来る限り分かり易く写真で説明いたします。
(*アルミ版と石版を使うときとは薬品が異りますので注意してください。)
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2003年、山本竜基氏が当工房で「なるしずむ」を制作しました。
「なるしずむ」データを使い制作過程を紹介します。
タイトル:"なるしずむ"
紙:ARCHES
紙サイズ:2400mm x 1200mm
(800 x 1200mm x 3 sheets)
版数/色数:1 版・1 色
限定部数: 5 部
制作年:2003
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1790年代末、アロイス・ゼネフェルダーがリトグラフを発明する。
それ以前の印刷(版画)は木版・金属版を用いた凹・凸版だった。1455年グーテンベルグが鉛鋳造活字による活版印刷を発明し聖書を印刷、1500年頃デュレーが木版・銅版で名作を制作、1650年代レンブラントが銅版で作品を制作していた。日本では1790年代は北斎、歌麿、写楽が浮世絵で活躍していた時代と重なる。
1790年代後半、劇作家を志していたゼネフェルダーが自作戯曲を出版するが、資金不足のため出版の継続が不可能となってしまう。なんとか自分で印刷できないものかと南ドイツ地方で採掘される板状の石灰石を使い、文字を腐食銅版の要領で酸で腐食させる凸版様式で印刷しようと試行錯誤を始めた。ある日、この石灰石に油性インク(鑞、石鹸、獣脂、セラック、煤の混合)でメモ書きのした後インクを洗い落としてみると、油分と石版が化学変化を起こしていることに気付き、研究に没頭する。さらにアラビアゴムと酸を版上の文字の無い部分に塗ると保水性の優れた皮膜が生じることを発見。最終的には文字を物理的に腐食しなくても表面のみを化学変化させるだけで印刷が可能となった。こうしてゼネフェルダーが当初呼んでいた「化学印刷」の原理が出来上がる。
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リトグラフの原理
リトグラフの原理は水と油の反撥。石灰石、油、アラビアゴム+酸、水の要素から成り立つ。
石版
多孔質の炭酸カルシウムを主成分とする石版を研摩すると表面には無数の微小な突起(砂目)が並び、他の物質と結合しやすい状態になる。
油性クレヨンで絵を描くとこの突起にクレヨンが付着し、付着の密度が高いと濃い色の部分、低いと淡い調子になる。石版の表面はクレヨンに含まれる油分を強く引きつける。
エッチ液(アラビアゴム+硝酸)を版全体に塗ると二つの変化が同時に起こる。
描画部分では硝酸がクレヨンの油脂と反応し、版の表面上に親油性の脂肪酸ができる。この脂肪酸と石版(アルカリ性)が鹸化(油脂とアルカリが結合し石鹸となる現象)して、脂肪酸カルシウム(水・テレピンでも溶けない)をつくる。さらに石版の表面からゆっくり内部へ浸透しイメージを記憶する役目を果たす。
描画されなかった部分では石版の表面の無数の微小な突起や窪みすべてをアラビアゴムが被い結合し、とても薄いアラビアゴム被膜を形成する。この被膜は保湿性/親水性となり、水洗いでも流されることなく版上にしっかり定着する。アラビアゴムのみでもこの被膜は作られるが、適度な酸が含まれると強固な被膜が出来る。
クレヨンをテレピンなどの溶剤で洗い落とすが親油性の脂肪酸カルシウムが残る、また、版上のアラビアゴムを水洗いするがアラビアゴム被膜はそのまま残る。石版を水で湿しながら油性インクをローラーを使って盛ると、絵が描かれていた部分は脂肪酸カルシウムがインクを引き付け、何も描かれていないところは多孔質の石版表面に水が浸透し易いのと相まってアラビアゴム被膜が水分を含み油性インクを反撥する。
インクを十分盛った後、石版をリトグラフ用プレスに設置し紙を置く。プレスで圧力をかけたまま石版をプレスに通すとインクが紙に転写される。
アルミ版
アルミ版を研摩すると、表面には石版と同じような無数の微小な突起(砂目)が並び、他の物質と結合しやすい状態になる。しかし、石の多孔質な表面と石灰質の油との反応がないので、アルミ版表面の結合のみで刷ることになる。
エッチ液(アラビアゴム+りん酸)
描画部分ではりん酸がクレヨンの油脂と反応し、版の表面上に親油性の脂肪酸ができる。アルミ版はアルカリでないので鹸化は起きない。そのため脂肪酸カルシウムは不在となり脂肪酸のみをベースとして刷ることになるが、あまり安定しない。そのためラッカーベースを使う。
描画されなかった部分では石版と同様に、アルミ版の表面の無数の微小な突起や窪みすべてをアラビアゴムが被い結合し、とても薄いアラビアゴム被膜を形成する。
イメージ部分はラッカーに置き換えられ安定した部分になり、絵の無い部分はアラビアゴム皮膜が出来上がる。石版同様に刷る。
What Is a Print? MoMAの版画各種の動画解説, Lithographyを選んで矢印を押して下さい。 (1、描画 2、エッチ液 3、テレピンで洗う 4、水洗い 5、インク盛り 6、プレスで刷る 7、刷り上がり)
©Itazu Litho-Grafik
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製版には「湿式」と「乾式」があります。
版全体に塗って乾かしたアラビアゴムを水で洗い落とし、テレピンで洗ったイメージ部分に、版を水で塗らしたままインクベース(チンクタール)を入れ替える湿式と、アラビアゴムを版上に乾かしたまま残し、イメージ部分をテレピンで洗い、インクベース(チンクタール)を入れ替える乾式です。石版での製版では石の記憶(油性分の石の表面への浸透)があるため湿式で製版できますが、アルミ版ではイメージを消失する危険を伴います。当工房では石版・アルミ版とも「乾式」製版をしています。乾式製版工程で説明します。
版画作家・プリンターによっては微妙に製版の方法が異なると思いますが、以下がおおまかな流れです。
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石版 リトグラフの制作工程
 ロゴをクリックして動画をご覧ください。
| 準 備 |
| 1) 版の準備 | 石版の研磨 |
| 2) 版描の準備 | イメージサイズを決め、版上にイメージ枠を描く。 |
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| 描画 |
| 3) 描 画 | 描画材を選び、版に絵を描く。 |
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| 製 版 |
| 4) ラズン | イメージ上にラズンをかける。 |
| 5) タルク | イメージ上にタルクをかける。 |
| 6) アラビアゴム | 版全面にアラビアゴム液を塗る。 |
| 7) エッチ液 | アラビアゴム液+硝酸を塗る。 |
| 8) エッチ液の拭き取り | 寒冷紗で均一に拭き取り、乾かす。 |
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| 9) 描画材を洗い流す | 灯油、テレピンの順で版を洗い、乾かす。要換気! |
| 10) チンクタール | チンクタールを塗り、均一に延ばし、乾かす。要換気! |
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| 11) 製版インク、製版ローラーの準備 | 新しい製版インクを製版ローラーに付ける。 |
| 12) 水洗い | 水を含んだスポンジで版上のアラビアゴムを溶かす。 |
| 13) 製版インク盛り | 製版インクを盛る。版を乾かす。 |
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| 14) ラズン | イメージ上にラズンをかける。 |
| 15) タルク | イメージ上にタルクをかける。 |
| 16) アラビアゴム液 | 版全面にアラビアゴム液を塗る。 |
| 17) アラビアゴム液の拭き取り | 寒冷紗で均一に拭き取り、乾かす。 |
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| 刷 り(製版インク使用) |
| 18) 紙準備 | 版画用紙、捨て刷り用紙の準備。見当の記入。 |
| 19) プレスの調整 | プレス圧、ティンパンのグリスの確認。 |
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| 20) 製版インクを洗い流す | 灯油、テレピンの順で版を洗い、乾かす。要換気! |
| 21) チンクタール | チンクタールを塗り、均一に延ばし、乾かす。要換気! |
| 22) インクの準備 | インクをローラーに付ける。 |
| 23) 水洗い | 水を含んだスポンジでアラビアゴムを溶かす。 |
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| 24) インク盛り | インクを盛る。 |
| 25) 版に紙を置く | 見当を合わせる。 |
| 26) 捨て刷り | 捨て刷り用紙に刷る。 |
| 27) 本刷り | 版画用紙に刷る。 |
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| 版の保存(製版インクで刷っていた場合) |
| 28) インクを盛る | インクを盛り、乾かす。 |
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| 29) ラズン | イメージ上にラズンをかける。 |
| 30) タルク | タルクをかける。 |
| 31) アラビアゴム液 | アラビアゴム液を塗る。 |
| 32) アラビアゴム液の拭き取り | 寒冷紗で均一に拭き取り、乾かす。 |
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| ©Itazu Litho-Grafik |
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アルミ版 リトグラフの制作工程
| 準 備 |
| 1) 版の準備 | アルミ版の製面 |
| 2) 版描の準備 | イメージサイズを決め、版上にイメージ枠を描く。 |
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| 描画 |
| 3) 描 画 | 描画材を選び、版に絵を描く。 |
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| 製 版 |
| 4) タルク | イメージ上にタルクをかける。 |
| 5) アラビアゴム | 版全面にアラビアゴム液を塗る。 |
| 6) エッチ液 | アラビアゴム液+リン酸を塗る。 |
| 7) エッチ液の拭き取り | 寒冷紗で均一に拭き取り、乾かす。 |
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| 8) 描画材を洗い流す | 灯油、テレピン、シンナーの順で版を洗い、乾かす。 有機溶剤用マスク・要換気! |
| 9) ラッカー | ラッカーを塗り、均一に延ばし、乾かす。 有機溶剤用マスク・要換気! |
| 10) チンクタール | チンクタールを塗り、均一に延ばし、乾かす。要換気! |
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| 11) 製版インク、製版ローラーの準備 | 新しい製版インクを製版ローラーに付ける。 |
| 12) 水洗い | 水を含んだスポンジで版上のアラビアゴムを溶かす。 |
| 13) 製版インク盛り | 製版インクを盛る。版を乾かす。 |
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| 14) タルク | イメージ上にタルクをかける。 |
| 15) アラビアゴム液 | 版全面にアラビアゴム液を塗る。 |
| 16) アラビアゴム液の拭き取り | 寒冷紗で均一に拭き取り、乾かす。 |
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| 刷 り(製版インク使用) |
| 17) 紙準備 | 版画用紙、捨て刷り用紙の準備。見当の記入。 |
| 18) プレスの調整 | プレス圧、ティンパンのグリスの確認。 |
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| 19) 製版インクを洗い流す | 灯油、テレピンの順で版を洗い、乾かす。要換気! |
| 20) チンクタール | チンクタールを塗り、均一に延ばし、乾かす。要換気! |
| 21) インクの準備 | インクをローラーに付ける。 |
| 22) 水洗い | 水を含んだスポンジでアラビアゴムを溶かす。 |
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23) インク盛り | インクを盛る。 |
24) 版に紙を置く | 見当を合わせる。 |
25) 捨て刷り | 捨て刷り用紙に刷る。 |
26) 本刷り | 版画用紙に刷る。 |
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| 版の保存(製版インクで刷っていた場合) |
| 27) インクを盛る | インクを盛り、乾かす。 |
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| 28) タルク | タルクをかける。 |
| 29) アラビアゴム液 | アラビアゴム液を塗る。 |
| 30) アラビアゴム液の拭き取り | 寒冷紗で均一に拭き取り、乾かす。 |
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| ©Itazu Litho-Grafik |
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使用した機材・材料:
- リトグラフ用プレス(新日本造形)
- インク練り台・ガラス板 5mm厚
- 製版ローラー(Stone's Crayon USA)
- リトグラフ用アルミ版
- 化学薬品:リン酸、明礬、タルク、脱脂綿(薬局)
- ph試験紙 ADOVANTEC
- アラビアゴム、寒冷紗、帝国製版インク、各色インク、版画用紙(文房堂)
- テレピン、シンナー(画材あーる)
- エゲンラッカー(萩原商店)
- チンクタール (Graphic Chemical)
- 描画材料:ダーマットグラフ(三菱鉛筆)、クレヨン(さくら)
- その他:ドライヤー、スポンジ、ウエス、、エプロン、油作業用手袋、有機溶剤用マスク