ていねい語に関する考察
寄稿:超ていねい語基礎研究所 副所長補佐代理手習 ウォルフ=オバーン


「ことば」は人類共通のコミュニケーション手段である。
たった一言で戦いが始まることもあれば、恋が芽生えることもある。ことばは非常に大きな力を持った強力な道具、手段だといえよう。ひとたびその使用を誤れば、ケツに火がつくこと必至である。

幸い、日本語には「ていねいな表現」というものがある。これは、無用なトラブルを回避し、人間関係をスムーズにする潤滑油の役割も果たすものだ。

昨夜、酔っ払った勢いで警官に対し暴言を吐いてしまい、まあ、いろいろあって今朝開放された。ことばでのやりとりがいかに重要なものか痛感したものである。諸兄にも、改めて心に留め置いていただきたく思う。

[直筆サイン]
6/5/2001 ウォルフ=オバーン





1)定義
なにをもって「ていねい」な表現だとするかは意見の分かれるところかと思われるが、ここでは以下のような要素を含むものがそうであると定義したい。

[#00] (1)ある一定の形式を含む
(2)相手に対する思いやりを含む
(3)おだやかな口調

この3点を中心に論を展開していこうと思う。
なお、左は私の描いたイラストだが、近所のレンタルビデオ屋の店員の女の子の声優っぽい声がおもしろいやらかわいいやら。
(※訳者注:左の絵と本文は一切関係ありません)




2)ある一定の形式
ことばである以上、ある一定の形式というものは存在する。しかし、ていねい語そのものは文法に当てはめることは難しいのではないか。それはことばの端々に現れてくるものだと考える。以下に例を表そう。

通常の表現:
これ、そばつゆじゃん!
ていねい語表現:
 これは、そばつゆじゃないですか! 

[#01] コーヒーかと思って飲んだら、お昼の残りのそばつゆだった場合である。
多くの方が思わず「そばつゆじゃん!」と一人ツッコミをしたくなる場面と思われる。が、ていねい語を使うことで、このような場合のやり場のない怒りを軽減させることができるのだ。
主に語尾の「じゃん!」を「じゃないですか!」に変化させたことで、ていねいさが強調される結果となった。同様の例はいくらでもあるだろう。




3)相手に対しての思いやり
ていねい語の心臓部ともいえるのが、会話の相手へのやさしさ、思いやりだ。相手の気持ちになって考え、自分のことばが相手にもたらす影響を熟慮する。世界各国、どの言語のていねい語にも共通のファクターではないだろうか。以下に例を示そう。

通常の表現:
ブッ殺してやる!
ていねい語表現:
死にますよ〜

[#02] 「ぶっ殺してやる」とは、いかにも物騒な表現だ。これでは相手も心中穏やかではない。
冷静になり、自分が怒りの拳を振るうことで相手にもたらす影響を考えてみる。
もしかしたら、自分の一撃で相手が大変なことになってしまうかもしれない…。
相手の身を案じて導き出されるのが「死にますよ〜」の一言である。ただ、自分の方が弱い場合、大変なことになるのは自分かもしれない。 やさしさとは力なのである。

また、思いやりとは相手に余計な手間を取らせないことも含むだろう。慌しいビジネスシーンなどでは、以下のようなやりとりが喜ばれる。

通常の表現:

「すいません、この飛行機はスリランカの首都、スリジャヤワルダナプラコッテ行きですか?」

「ええ、そうですよ。スリジャヤワルダナプラコッテへの飛行機です」

ていねい語表現:

「スリジャヤ?」

「ええ、スリジャヤ」






4)穏やかな口調
いくらていねいなことばでも、それが攻撃的な口調で用いられればていねい語たりえない。相手を威圧するでなく、自分の伝えたいことを心からのことばに乗せれば必ず自分の伝えたいこと以上のものが相手に届くだろう。

例:
戦友(とも)よ…

[#03] たった一言だが、この静かな一言には多くのものがこめられている。あえて、ここでは深く言及しない。





5)最後に
ここに述べたことは、来年からでも国語の教科書に載せるべきだと思う。
なお、私の著作である美少女ゲームに関する考察もあわせて御参照されたい。それでは諸君、またの機会に。

ウォルフ=オバーン


【訳者補足】
  • 「ケツに火がつく」というのはていねい語なのか?
  • 警官にカラむ人間が偉そうに言わない。
  • いきなりアニメキャラっぽいし。
  • 「ブッ殺してやる」時点で円滑な人間関係もなにも。
  • これが教科書に載ったら、ある意味その時点で日本は終わったと思う。
  • 美少女ゲームの考察をあわせられても。


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